私の一緒の中で暮らした犬
①ちび 女の子 ある日、目覚めたら5匹の子犬を産んでいた。小学生の時に飼っていた犬
②シロ 男の子 子犬の時、水溜りをぴょんと飛んでそのままはまって顔が真っ黒になったのが印象的だった。
盛りの時期は首輪を外して脱走。1週間くらいしてから痩せこけて帰ってきた
③ブーこ ここからパグ。すごく食いしん坊だった。お腹いっぱいになって吐いてもまだ食べていた。
いつもべったりひっついてくる甘えん坊。アレルギーがひどくて、かわいそうだったけど、
愛嬌たっぷりの可愛いわんこでした。
④もも 気位の高い女の子 群れの中に入りたがらずぼーっとしている。写真取られるのが嫌。
すごく察する力が強い。犬同士の喧嘩が始まる時もすぐに間に入る。すごいタイミングで。
だから喧嘩が止まる。身を張ってやってるからすごいし、周りの犬にもいろんなことを身をもって教えていた。
子犬に階段の登り方を何度も見せていた。登り始めた子犬を壁に押し付けながら一緒に駆け上がる。
すると、子犬は自分で階段を登るようになっていた。すごいです。
⑤ちぃ 愛嬌たっぷり、お猿さんのようなちぃぱっぱ。この子です。本当に無邪気で愛くるしい。
友達のおパグちゃんが産んだ子で、生まれたてからみています。ネズミくらいの大きさで手のひらに乗っていました。
お母さんパグからいっぱい母乳をもらって生後2ヶ月でうちにきました。
・どの子も個性豊か。話すことはできないけど、いつも何か語りかけてくれます。
お水が欲しいとか、トイレしたいとかちゃんとわかります。犬から私たちを見てもよくわかってくれています。
ちょっと落ち込んだりも察してそばにいてくれているし、嬉しい時も波動で嬉しさが伝わるのか、
くるくる回って喜んでくれています。
私が高熱を出した時もそばにいてくれる。ちぃがまだ4ヶ月の時でした。
ちょこちょこ粗相をするので手がかかる時なんですね。
私が熱を出して、粗相してもすぐに始末できないのを見計らって、ももがゲージ、
檻の中でトイレをするように体で押しながら促してくれていたのを見た時には、本当に嬉しかったですね。
随分、助かりました。
歴代、一緒に暮らした犬も含め、どの犬も飼い主に忠実で、愛情深くて優しくて、
人を疑うことを知らない愛すべき存在です。でも、こんな愛すべき犬たちともお別れの時は来ます。
なくなったら、この小さな存在がどれだけ大きく、心の支えになっていたかがわかります。
犬を飼い始める時は可愛い!しか目に入らず、この最後の時が想像できないけれども、
そこも踏まえて犬の一生について今日は、フリートークでお話ししたいと思います。
①犬の一生は短い。平均13歳から15歳くらいの命。当然、人間と寿命の長さが違います。
人間の1日は、犬にとったら3日に相当するらしいです。
だから、私たちが家に帰ってきたときは尾っぽが千切れるほどふって喜んでくれる。
私たちが朝、行ってくるねと挨拶して仕事に出て、夕方帰ってきたら、犬たちにとったら、
私たちの感覚で言う3日ぶりに帰ってきた感覚。できるだけ一緒にいる時間、大事にしていきたいですね。
②犬は外が大好き。性格上、好奇心旺盛、いろんな匂いを嗅いで、歩いて走って冒険したい。
それを飼い主さんと一緒にしたい。そんな思いを叶えたくてオフ会をするようになりました。
芝生の匂いを嗅いで走り回って欲しかったんです。
③別れの日がくる
人間よりもはるかに寿命が短い犬たち
元々、野生で生きた犬の本能として遺伝子に残されていることがあります。オオカミの血を引く犬。
群れで生活して、自分が老いて死の時を察したら群から離れて誰にも目につかぬところを探し、最後の時を迎えます。
本能としてそれを知っています。
でも、家で飼われている犬たちはそれができない。田舎の家だったら、本当にある日突然いなくなることもあります。
人間だけでなく犬の医療も発達しています。あたえられた命の長さ以上に不自然に生かされることもある。
チューブで繋いで点滴落として。老衰や病気の状態にもよるけれど、飼い主のエゴではないか?と、
誤解を恐れずに話したい。
私の犬だけに限らず、命の向き合い方として、みなさん、それぞれ死生観は違うし、
どれだけの死に直面してきたかによっても違いがあると思います。ひとつの考えとして聞いていただければと思います。
犬も人も与えられた命の時間がある。それを人の手で長引かせたり、縮めたり、
操作するのは天への冒涜ではないかと思う。平たくいうと、不自然だということ。
生まれてくるのも死んでいくにもタイミングがある。
生まれてくるときは母体と胎児の呼吸がピッタリあったときにつるんと出てくる。
安産で17歳で初の出産をして五人の子供のお母さんになった友達は、出産の何が苦しいかがわからないと言ってました。
つるんと出ると。たくましいですよね。このように呼吸を合わせて出てくる、
つまり生まれるタイミングを選んで生まれてくる。
死ぬ時も準備があるそうです。これは実話で、あるおばあちゃんがある日危篤状態になり、目を覚ました時に、
こう言ったそうです。「お願いだから、もう、こんな状態になった時に戻ってきてとか、頑張れとか言わないで。
引き返されると何度も行ったり来たりしなきゃならないから」と。どういうことかというと、
三途の川の手前で誰かと話して一緒にその川の向こう岸まで行こうとしたら、
後ろの方から「戻ってきてとか、帰ってきて」とか聞こえてきたから、戻ってきた。
私はその人と一緒に川を渡りたかったのにと。生まれるにも、死ぬ時にも目に見えないところでタイミングがある。
私自身も、肉声で実際に聞いたことがあるのです。
「9時にお迎えが来ます。ありがとうございました。」と言って旅立たれた方もいらっしゃいます。
この辺りの少しオカルト的なことは、数々体験しているので、また、機会があるときにお話ししたいと思います。
それはさておき、タイミングがある。その人にとって過剰な治療は不要だということ。
過剰な治療は死ぬ時に苦しいのだそうです。相当。
死なないで、行かないでは、そりゃ、残されたものにしたら、その人が亡くなる時は悲しい。
だけど、本当にその人を思うのならば、最後に言葉をかけることができるなら「ありがとう」意外にないと思います。
犬たちも亡くなる3日前には水もご飯も食べなくなります。特に老衰の時は。
私はその時がわかるからその時には一切あげません。水をあげても飲まないです。ありがとうね。
自分のタイミングでいったらいいからね。と、それだけです。その時にはたくさん思い出します。
一緒に過ごしてきたから当然です。だけど、本当にありがとうでしかないのです。
やはりブーこもそうやってなくなりました。
朝6時ごろなくなっていたことに気づいたのですが、いつも通り洗濯をして、身支度をしていると、
黙って目で追ってくれてる気配がしたのですね。まだ、一緒にいてくれているんだなぁと。
そして、その気配がピタッとなくなった瞬間があって。亡くなったブーこを見たら、
明らかにそこにはいない感覚がはっきりとわかりました。
遺体はそこにあるのだけど、もう、ブーこは明らかにここにはいない、なんとも表現し難い感覚でしたね。
なくなってから3時間後位でした。「あー、本当に旅だったんだなぁ」とわかりました。
潔いですよ。さっとこの世を去って、私の元を離れていった。「また、必ず会おうね」と言いました。
次の日に火葬場へ連れていった時、春でしたから、たくさんのスイセンが咲いてました。
実は、ブーこの血統書に書かれている元々の名前はスイセンなんです。
死ぬ時も自分で選んだのか、なんて綺麗ななくなり方なんだろうと感動しました。
お骨をひらって、庭に少し埋めたのと、残りほんの少しだけ、海に撒きました。
なんの悔いもありません。
④犬たちは一緒に過ごして楽しかった時だけを思い出してほしいみたいです
さっき話したように、チビは子犬を5匹産んだとか、シロは水溜りを飛び越えて頭から泥水に突っ込んだとか。
いつまでもそうやって、楽しかった時のことを覚えていてほしいみたいです。
だから、ずっと骨を置いて泣かれ続けることは望んでいないみたいですよ。
そして、早く土に返したほうがいいみたいです。
いつまでもお骨の前で泣かれたり、ドックフードをお供えしたりすると、心配なようです。
楽しかった時を思い出して、早く旅立たせてあげましょう。
ということで犬の一緒のお話と見送り方についてフリートークでした。
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